3年動かなかった原稿は、書き足しても動かない。
止まっている原稿を前にすると、たいていの人は「量が足りないからだ」と考える。もう少し書けば形になる気がして、新しい記事を書き始める。書いている時間は進んでいる感覚があるので、気分も悪くない。新しく書いたものは、たいてい前より書き慣れている。だから読み返すと、古い記事のほうが物足りなく見える。そこを直したくなって、また別の作業が増える。進んでいる感覚だけが続く。
ところが、書き終わっても本には近づいていない。1本増えただけで、並べ直す作業は前と同じだけ残っている。むしろ材料が増えたぶん、整理はわずかに重くなっている。半年後にはまた同じ場所で止まっている。これを何度か繰り返すと、書くこと自体が先送りの手段になる。並べ直す作業から逃げるために、新しく書く。書くのは慣れているし、終わりもはっきりしている。そちらを選ぶのは自然なことだ。
止まっている原因を取り違えていると、この循環から出られない。足りないのは分量ではなく、全体を1つの流れに設計する工程のほうだ。そこに手を付けないかぎり、材料をいくら増やしても状態は変わらない。見分け方は簡単だ。いま止まっている原稿を本にするのに、何をすればいいかを1つ言えるかどうかを試せばいい。「もう少し書く」しか出てこないなら、たぶん分量の問題ではない。何をすればいいか分からないから、分かる作業をしている。
時間が経つほど、着手はさらに重くなる。3年前に書いたものは、内容を覚えていない。全体を並べ直すには、まず全部を読み返す必要がある。材料が増え、記憶が薄れ、読み返す量だけが積み上がっていく。内容が古くなる不安も出てくる。当時の前提が変わっているかもしれないと思うと、読み返す前から気が重い。直すべき箇所がどれくらいあるかも分からないので、作業量が見積もれない。
こうして、動かない理由が毎年ひとつずつ増える。最初は並べ方が分からないだけだった。いまは量も記憶も鮮度も課題になっている。最初の1つを片づけないまま、周りだけが増えている。
手元にあるものを開かなくなるのも、この時期からだ。開けば作業を思い出して気が重くなるので、フォルダごと視界から外す。存在は覚えているが、中身は思い出せない状態で置かれ続ける。7割から8割まで書いたところで生活の事情から中断し、時間が経つほどファイルを開くのが怖くなった。そういう話は実際に書かれている。中身を忘れたことより、忘れたと知ることのほうが負担になる。
置き場所も、時間とともに散らばる。数年のあいだに使うサービスが変わり、書き出したファイルの形式も変わる。原稿はここ、途中まで直したものはあのフォルダ、書き出したテキストはダウンロードの中。どれが最新版かも分からなくなる。読み返す前に、探す作業がひとつ増えている。
完成形を先に思い描くことも、動かない理由になる。最初から1冊分を書き切る構えでいると、手持ちの材料はどれも足りなく見える。最初から完成させようとすると詰む、という指摘は、実際に出版まで進んだ書き手のあいだから出ている。構えが大きいほど、書き足しても足りない感覚が消えない。だから書き足し続けることになる。
型が公開されていても、着手できるとはかぎらない。共通のテーマで記事を3〜5本選び、序章、本論3章、結論という5部構成に割り当てる。そういう手順を書いている人がいる。読めば分かる話だし、難しいことも書いていない。それでも動かないのは、選ぶために全部を読み返す必要があるからだ。手順の1行目が、いちばん重い。
細切れの時間で進められないことも、年単位の停滞につながる。30分空いたときに、何十本の全体像を思い出すところから始めるのは現実的ではない。まとまった時間が取れる日を待つことになり、その日が来ない。3年というのは、その「いつか」が積み上がった長さでもある。
先送りしていた期間の扱い方も、見方で変わる。書き足すために使っていた時間が無駄だったわけではない。材料を増やしていたことにはなる。使い道が決まれば、それは蓄積として働く。決まらないままなら、読み返す量が増えただけになる。同じ3年が、どちらにも転ぶ。
今日できることもひとつ。止まっている原稿のフォルダを開いて、最後に更新した日付を見てみる。その日から何本書き足したかを数えてみる。書き足した本数が多いのに動いていないなら、足りていないのは分量ではない。数字で確かめられる話だ。
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