書くことがない、の中身は、たいてい並べ方が分からない、だ。
本を出したいと思ったとき、最初に浮かぶのはこれだ。「自分に書けることなんてあるだろうか」専門家ではない。目立った実績もない。同じテーマの本はすでに何冊も出ている。そう考えて、企画の段階で終わる。書き始める前に、書く資格がないという結論が出てしまう。
この結論は、たいてい他人と比べた結果として出てくる。同じテーマで本を出している人の経歴を見て、自分にはそこまでのものがないと判断する。ただ、読者が求めているのは著者の経歴ではない。自分の困りごとに合う説明のほうであることが多い。比べる相手を間違えると、手持ちの価値が見えなくなる。
けれども、その人の手元にはたいてい何かある。仕事で作った手順書。後輩に何度も説明してきた内容。趣味の記録。失敗して調べ直したときのメモ。断片としては存在していて、話せと言われれば話せる。書けないのではない。それが1冊の形にどう並ぶのかが見えていない。
話せるのに書けない、というのも同じところから来ている。話すときは相手の質問が順番を作ってくれる。書くときはその順番を自分で作らなければならない。順番さえあれば書ける人が、順番がないせいで書けない人に見えている。質問が来ない場でどう組み立てるかを、誰にも教わっていない。
本という単位が大きすぎるのも一因だ。1冊はだいたい数万字ある。そこを一気に埋めるものだと考えると、手持ちの断片はどれも小さく見える。実際の本は、章と節に割れている。ひとつの節はもっと短い。手元の断片は、節としてなら十分に成立していることが多い。単位を取り違えると、量の判断も狂う。1冊分を書けるかと問われれば無理だと感じる。この話題について2ページ書けるかと問われれば書ける。同じ人が、単位の大きさだけで別の答えを出す。
最初から完成形を目指すと、この取り違えが固定される。いきなり1冊分を書き切る構えでいると、手持ちの断片がどれも足りなく見えて、着手そのものができなくなる。「完成させよう」とすると詰む、という指摘は、実際に出版まで進んだ書き手のあいだから出ている。単位を小さく取り直すほうが先に進む、という話でもある。
もうひとつ、断片が散らばっていること自体が判断を邪魔する。メモはノートアプリに。手順書は仕事のフォルダに。記録はスマホの写真に。全体を一覧で見たことがないので、どれだけあるのかを自分で把握していない。少ないと感じているのは、見えている範囲が狭いからかもしれない。「書くことがない」という感想は、量の判断としてはあてにならない。
この状態で無理に書き始めると、今度は途中で止まる。並べ方が決まっていないので、書いた文章がどこに入るのかが分からない。書くほど散らかっていく。着手できないのも、続かないのも、原因は同じところにある。書いた分だけ管理する対象が増えるので、進むほど全体が見えにくくなる。
章立てには型があることも知られている。共通のテーマで材料を3〜5本選び、序章、本論3章、結論という5部構成に割り当てる。そういう手順を書いている人がいる。型そのものは公開されている。重いのは、自分の材料をそこに当てはめる作業のほうだ。
誰にも判定してもらえない、という点も効いている。材料が1冊分あるかどうかは、他人には判断できない。中身を知っているのは自分だけだ。その自分が、全体を一覧で見たことがない。判定できる立場にいる唯一の人間が、判定に必要な材料を持っていない。だから「書くことがない」は、結論というより未確認のまま置かれた仮説に近い。
資格の話に見えていたものが、作業の話に変わる。書く資格があるかどうかは、確かめようがない。手元にどれだけ材料があるかは、数えれば分かる。答えの出ない問いを抱えたまま止まるより、数えられるほうを先に片づけたほうが早い。
だから、確かめるべきは量ではなく並べ方になる。材料が足りないのか、並べ方が決まらないのか。この2つは、対処がまるで違う。前者なら書き足す。後者なら、書き足しても状態は変わらない。切り分けないまま「もう少し書く」を選ぶと、材料だけが増えて同じ場所に留まる。
今日できることもひとつ。散らばっているメモや手順書を、ひとつのフォルダに集めてみる。集めるだけで、量の感覚が変わることがある。集めた結果、思ったよりあると感じたなら、足りないのは書く量ではない。並べる工程のほうだ。
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