WordとPDFとZIPが混ざったまま、何年も置いてある。
原稿をまとめようとして最初に手を付けるのは、たいてい整理のほうだ。バラバラのファイルを1つの形式に揃えて、フォルダを作り直して、名前を付け直す。本文を触る前に、下ごしらえが要ると考える。この判断自体は、まじめな人ほど自然に出てくる。散らかったまま作業を始めても、あとで困ると分かっているからだ。段取りを整えてから取りかかるのは、ふだんの仕事では正しい進め方でもある。
やってみると、これが終わらない。書き出したテキストは改行の入り方が独特。Wordの原稿は書式が混ざっている。PDFは中身をコピーすると行が崩れる。圧縮したままのフォルダは、開いてみないと何が入っているか分からない。1本ずつ開いて確認する作業が続く。
整理そのものには達成感がない。半日かけてフォルダをきれいにしても、本文は1文字も進んでいない。次の休日に続きをやろうと思っても、あの単調な作業に戻る気になれない。着手の重さが、ここで作られる。
さらに、どこまで揃えれば十分なのかも分からない。全部をテキストにするのか。書式を残したほうがいいのか。画像は別にしておくべきなのか。正解が分からないまま作業しているので、あとでやり直す不安も残る。正解がないというより、その先の工程を知らないと決められない、という順序の問題になっている。
厄介なのは、この前処理が本づくりの工程に見えないことだ。章立てを作るとか、表紙を選ぶといった作業なら、進めば本に近づく実感がある。形式を揃える作業には、それがない。やっている最中も、これは何のための時間なのかが分からなくなる。
道具を探しても解決しない。形式ごとに変換ツールを入れると、今度はその道具の使い方を覚えることになる。3つの形式があれば3つの道具を覚える。そのどれも、この作業が終われば使わなくなる。1回きりの学習が積み上がる。しかも次の1冊のときには、あらかた忘れている。
変換の途中で崩れることもある。書式が落ちる。記号が置き換わる。表がずれる。縦書きの原稿だと、余白や改行がガタガタになりやすい、という話も出てくる。直しているうちに、元がどうだったかも分からなくなる。整理するつもりの作業で、原稿が傷むことさえある。
扱うファイルは、進めるほど増えていく。実際にまとめた人の手順を読むと、原記事、下書き、最終原稿と段階ごとにフォルダを分ける話が出てくる。そこに表紙画像、商品説明、EPUBが加わる。原稿を書く話より、ファイルを置く場所の話のほうが長い。どれが最新版かを自分で覚えておく必要があり、間隔が空くとそれも薄れる。
選別を先にやろうとすると、そこでも止まる。どれを本に入れるかは、全体の構成を見ないと決められない。ところが構成を作るには、材料が手元にそろっている必要がある。先に選べと言われると、判断できないまま手が止まる。ここでも順序が逆になっている。
圧縮したままのフォルダが、いちばん厄介になる。中身を思い出せないので、開くまで判断できない。開けば1本ずつ確認することになるので、後回しになる。そして、そういうフォルダにこそ本の材料が眠っていることが多い。
細切れの時間で進まないことも、後回しの理由になる。30分空いたときに、フォルダを開いて中身を確認する作業は始められる。ただ、途中で止めると次に開いたときに続きが分からない。どこまで確認したかを自分で記録しておかないと、また最初から見ることになる。記録を作る作業まで含めると、結局まとまった時間が要る。忙しい人ほど、その日が来ない。
やり直しの不安も、手を止める。いま揃えている形式が、あとの工程で使えるとはかぎらない。全部をテキストに直したあとで、書式を残しておくべきだったと気づくこともある。先が見えていない作業を、あとから使えるかどうか分からないまま進めることになる。だから慎重になり、慎重になるほど進まない。
結果として、前処理の段階で止まる。本を作る工程にはまだ入っていない。手元のファイルは相変わらずばらばらで、次に開くのは半年後になる。いちばん価値のない作業に、いちばん多くの気力を使っている状態になる。書いた文章の質とは無関係なところで、本が出ない理由が作られている。
今日できることもひとつ。開いていないフォルダを1つ選んで、容量と中の本数だけを見てみる。中身を読む必要はない。数だけ分かればいい。その数が、いま自分が持っている材料の量だ。整理を始める前に、それを知っておくかどうかで判断が変わる。
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