コラム

1冊で全部を扱おうとすると、書き始める前に手が止まる

事務所として本を出す際、扱う分野をすべて1冊に詰め込もうとすると、読者が絞れず目次も決まらず書き始められなくなる、という構造を説明する記事です。分野を1つに絞る発想への転換を提案します。

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1冊で全部を扱おうとするから、書き始められない。

事務所として本を出すとなると、看板を背負うことになる。扱っている分野は1つではないので、どれも入れておきたくなる。相続も、事業承継も、税務調査も。全部を扱った1冊が、事務所を表す本になるはずだ、と考える。事務所の総合案内を作る感覚に近い。扱っている分野を漏れなく載せることが、正確さだと感じる。日常の資料作りではそれが正しいので、本でも同じ発想になる。

ところが、目次を作る段になって手が止まる。分野ごとに読者が違うからだ。相続を考えている個人と、承継を検討している経営者では、前提知識も関心も違う。両方に向けて書こうとすると、どちらにも中途半端な説明になる。書き手としても迷う。第1章を相続にすると、承継の相談者は最初の章を読み飛ばす。順番をどうしても決められないのは、そもそも1冊に入れるべきでないものが並んでいるからだ。

分量の問題も出てくる。分野ごとに丁寧に書くと、1冊に収まらない。収めようとすると、どの分野も要点だけになる。要点だけの本は、すでに知っている人には物足りず、知らない人には足りない。どちらの読者も満足しない本ができあがる。

集客の道具としても効きにくくなる。読んだ人に次に何をしてほしいのかが、分野ごとに違う。全部入りの本では、その案内を1つに絞れない。誰に向けた本なのかが決まっていないと、渡す相手も決まらない。相談の場で渡そうにも、その人に関係のない章が半分を占めていることになる。

入口の言葉も決まらない。探している人に届けるには、誰が何をどうするのかを題名で示したほうがいい、という指摘がある。扱う分野が複数あると、その「誰が」「何を」が1つに絞れない。結果として、事務所名を冠した抽象的な題名になる。探している人の検索語とは噛み合わない。

それでも1冊にまとめようとするのは、本を出すこと自体が大きな決断だからだ。何度も出せるものではないと思っているから、この1冊に全部入れようとする。回数が限られているという前提が、内容を詰め込ませている。1冊にかける準備の重さも、この前提から来ている。一度きりだと思えば、企画も原稿も慎重になる。慎重になるほど時間がかかり、時間がかかるほど一度きりの重みが増していく。

最初から完成形を目指すことも、着手を遠ざける。最初から完成させようとすると詰む、という指摘は、実際に出版まで進んだ書き手のあいだから出ている。構えが大きいほど、手持ちの資料はどれも足りなく見える。もっと材料を集めてから。もっと整理してから。そう考えているうちに、着手の日付だけが後ろへずれる。

結果として、企画の段階で止まる。何を書くかが決まらないのではなく、何を書かないかが決められない。削る判断ができないまま、目次の案だけが増えていく。しかも、削る基準を作るには誰に向けた本かを決める必要がある。そこが決まっていないから、削れない。

業種特有の事情も、絞りにくさに重なる。コンサルティングの仕事では、守秘義務があって事例をそのまま話せない、という指摘がある。具体例で分野を絞り込めないので、説明が抽象的になりやすい。抽象的なまま複数分野を並べると、結局なにをしている人なのかが伝わらない。1冊で全部を説明しようとすると、その状態が本の中でも再現される。

分けたときの負担も、先に見えていない。分野ごとに作れば設計は簡単になるが、冊数だけ工程が増える。原稿、表紙、商品説明、入稿。1冊ぶんの作業が、分野の数だけ並ぶ。1冊にまとめようとするのは、この負担を避けたい判断でもある。つまり、詰め込みは怠慢ではなく、工程の重さへの反応として出ている。

どちらを取っても重い、という構図になっている。1冊に詰めれば書き始められない。分ければ工程が増える。この二択のまま考えていると、決まらないまま年が過ぎる。

順番としては逆になっている。読者を1つに絞れば、順番も、分量も、次の案内も自然に決まる。絞れないまま目次を作ろうとするから、どの並びも正しく見えて決め手が出ない。止まっているのは構成力ではなく、その手前の一点だ。

今日できることもひとつ。事務所で扱っている分野を紙に書き出して、いくつあるかを数えてみる。その数だけ、本来は別々の読者がいる。1つに絞れないなら、いちばん相談が多い分野を選べばいい。全部を扱うかどうかは、1冊目を出したあとで考えることになる。

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よくある質問

事務所の本に扱っている分野を全部入れると何が起きますか?
分野ごとに読者が異なるため、どちらにも中途半端な説明になり、目次の並び順も決められなくなります。要点だけの本になり、詳しい人にも初めての人にも物足りない内容になりがちです。
1冊に絞り込めない場合はどうすればよいですか?
扱っている分野を書き出して数え、いちばん相談が多い分野を1つ選ぶ方法があります。全部を扱うかどうかは、1冊目を出したあとで検討すればよいという考え方です。